「共存橋」・「共栄橋」(新居浜市)

東予地方局地域政策課から、東予地域が四国最大の産業集積・拠点地域になるまでに発展した礎であり、日本の産業革命の一翼を担った近代化産業遺産について御紹介します。
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別子銅山の最高責任者であった鷲尾勘解治(わしおかげじ)は、銅山なき後の新居浜の商業・産業の発展を願い、都市の大動脈である「昭和通り」を計画しました。昭和6年7月に「昭和通り」は完成。「昭和通り」に架かる3つの橋のひとつが「共存橋」、そのすぐ東に架かる橋が「共栄橋」です。
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共存共栄とは、労使の共存共栄、地方と会社との共存共栄を示し、思いを橋名に託したもので、その理念は橋の名前と共に現在も受け継がれています。

平成9年3月、橋柱・欄干などは付け替えられましたが、古い橋柱は、別子銅山の近代化により我が国の近代産業を育成し、住友グループの基礎を確立した広瀬宰平(ひろせさいへい)の旧邸・庭園を公園とした『広瀬公園』(愛媛県指定名勝)に保存されています。桜の名所として知られる広瀬公園は、4月上旬が見頃になるようです。ソメイヨシノの下で近代化産業ロマンに触れてみませんか。
<参考>
新居浜市ホームページ http://www.city.niihama.lg.jp
ホーム > 広瀬歴史記念館・広瀬公園

by ehimeblog | 2010-03-31 10:22 | 東予地方の観光

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