霧雨に煙る東洋のマチュピチュ【別子銅山産業遺産】

 東予地方局地域政策課から、
 密かな観光スポットとして注目を集める「東洋のマチュピチュ」こと、マイントピア別子「東平ゾーン」を紹介します。

 訪れた日は、あいにくの雨でしたが、それが転じて、我々に幻想的な様相をあらわしてくれました。
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 別子銅山は、江戸中期から昭和中期まで、実に300有余年もの間、操業し、昭和48年に閉山しました。
 特徴的なのは、銅の露頭が発見された山の上部から採掘を初め、銅の産出帯が下部になるに従い、現場基地はもとより、町も住民も移動し、その跡地が、今も産業遺産として残っているところです。
 この東平ゾーンの遺構は、当時、鉱石の一時貯蔵庫や、鉱石のほか住民の日用品などの運搬のための索道基地であったとのことです。

 江戸時代、人馬による開発がはじまり、明治期の急速な近代化・機械化による著しい発展を経て、大正~昭和と、住友の一時代を築いた別子銅山。
 幾多の栄華の象徴であったこれらの建造物も、今は、先代らの手により還された森林の生長を見守るかのように、静かに佇んでいました。
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 なお、西赤石山・銅山峰はアケボノツツジやツガザクラの名所でもあり、5月のシーズンにはたくさんの登山客で賑わうとのことです。
 
 先人の遺業を偲んで、一句、
        「松若葉 霧中に追いし あかい花」

e0197164_10234145.jpg銅山全体の模型展示(マイントピア別子)
 採掘から運搬、精錬等にいたるまで、ジオラマで細かに再現されています。








 その他にも、別子銅山には歴史のロマンを感じさせる遺構はもちろん、様々な展示物があり、別子銅山の歴史を楽しみながら知ることができます。
 皆様もご家族で、一度、別子銅山に、おでかけしてみてはどうでしょうか。

 東予地方局地域政策課でした。

☆「東洋のマチュピチュ」の動画はこちらをどうぞ。
 えひめネットテレビ「ひめテレっ!」[4チャンネル えひめの魅力発信]

by ehimeblog | 2010-04-20 09:51 | 東予地方の観光

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