東京で見つけた愛媛 その9~久松小学校~

東京・日本橋から東に1キロちょっとにある「東京都中央区立 久松小学校」。
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創立は明治6年と古く、都内でも有数の伝統ある小学校だそうです。

このあたりは、かつて伊予松山藩の下屋敷があったところで、明治時代にも久松家の屋敷が残っていました。

となると、校名の由来はやはり久松家?と思いますが、近年まで無関係とされていたとのこと。

平成5年に、同校校友会の会長さんが調査したところ、古い文書に
「久松学校 明治六年七月創建ス華族久松定謨ノ献金ヲ資本トシテ新築セシカハ其姓ヲ取ツテ校名トセリ」
との表記が発見され、考証が重ねられた結果、久松家の当主・久松定謨(ひさまつ さだこと)伯爵の寄付金を筆頭として学校が設立されたとの事実が明らかになりました。

現在では、久松小学校のホームページにもその由来がしっかりと記載されています。

久松小学校と久松家についての詳しくは、「萬翠荘(ばんすいそう)」ホームページに掲載されていますので、ぜひご覧ください。
ちなみに「萬翠荘」は、久松定謨さんが大正11年に建設したフランス風洋館(国重要文化財)です。

萬翠荘ホームページによると、校名の由来が明らかになったことは地元でも反響を呼び、学校当局や校友会・地元などが久松家ご当主を招き、「久松家に感謝する会」が開催されるなど、久松家との交流が続いたとのことです。
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さて、もうひとつ由来が明らかになってほしいものが。
それは、久松小学校がある「日本橋久松町」の地名の由来。

東京都中央区のホームページには、「町名の由来は、明らかではありません。」と記載されていますが、こちらの由来も明らかになることを期待したいですね!

健さんのレポートでした。
(記事参考:萬翠荘ホームページ)

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by ehimeblog | 2014-07-30 00:50 | その他

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